コラム

日銀総裁人事についての補論(2)

 3月18日、政府は3月19日に任期満了となる日銀総裁、副総裁の後任候補者として田波耕治国際協力銀行総裁と西村清彦現日銀審議委員(元東大教授)を提示した。
 政府は3月7日に武藤敏郎現日銀副総裁の総裁昇格、伊藤隆敏東大教授の副総裁就任を提案したが、参議院で野党の反対多数で不同意とされた。民主党などの野党が政府提案を不同意としたのは、政府提案では中央銀行の独立性が担保されないとの理由からだった。
 日本の行政機構、政治的意思決定メカニズムのなかで、財務省は圧倒的な権限と影響力を有している。財務省は歴代政権の意思決定を支配してきた。小泉政権も福田政権も財務省に支配されている点で共通している。この財務省が社会的弱者、高齢者、地方経済を切り捨てるかたちでの財政収支改善を追求し、現代日本の格差社会を生み出す原動力になってきた。
 一方で財務省は官僚利権の根絶には完全に背を向けてきた。自民党政権が財務省の重要な天下り先である「日本政策投資銀行」、「国際協力銀行」、「国民生活金融公庫」などへの財務官僚の天下りを廃絶するかが注目されたが、これらの官僚利権は完全に温存されて現在に至っている。
 日銀総裁人事でもっとも重要なことは、日本銀行に対する財務省の影響力を極力排除することである。世界でも突出した債務残高を抱える日本の財政当局がインフレ誘発による政府債務残高の実質削減を潜在的に強く望んでいる蓋然性は極めて高い。通貨価値維持の視点から、財務省出身者を日銀総裁候補者から除外することは、通貨価値維持を確保する上でのセーフティーネットと位置付けるべきである。
 また、官僚の天下り構造を根絶する視点からも、財務官僚の日銀総裁への天下りを排除すべきである。今回の政府提案は財務省からの天下り構造死守の狙いから示されたものとみなさざるをえない。財務官僚の大半は行政、法律の専門家ではあっても、金融政策の最高責任者を任ずるに十分な経験、学識、実務能力を有していない。複雑、専門化する国際金融情勢のなかでインターナショナルなコミュニケーション能力も重視される日銀幹部ポストを担う専門能力が十分に重視されなければならない。
 主要テレビ、新聞などのメディアが声をそろえて財務省出身者の日銀総裁就任を支援しているのは、これらのメディアが利害得失から財務省に迎合しているからである。
 日本の構造改革の真の課題は、財務省を中心とする官僚機構が支配権を有してきた日本の官僚主権構造の根絶なのである。財務省の突出した権力構造にくさびを打ち込むことが日本の真の構造改革の第一歩になる。
 政府の新たな人事案は、財務省事務次官の天下り体系を温存しようとする発想から生み出されたものである。西村清彦氏も財務省との強い関わりから日銀審議委員に推挙されたものと見られ、今回の人事案においても財務省による日銀支配の狙いが透けて見える。
 民主党は財務省出身者の日銀総裁就任を容認できないとの基本姿勢を政府に明確に伝える必要がある。参議院で民主党などの野党の意思表示により政府提案が否決される場合、その権限行使の根拠は有権者が選挙を通じて野党に多数議席を付与したことにある。野党が法律の規定に従い、正当な理由によって政府提案を否決することは、民意を反映した行為であり、政府が野党を批判することは筋違いである。
 日銀法が総裁、副総裁人事について衆参両院の同意を得ることを要件としているなら、政府が参議院で同意される人事案を提示しない限り人事を決定することはできなくなる。政府が参議院で否決される提案を示す結果として日銀総裁ポストに空白が生じるなら、その責任は政府にあると言わざるをえない。
 日銀元副総裁の山口泰氏や日銀元審議委員の植田和男氏など、政治的に中立で日銀幹部の重責を担いうる人材は多数存在する。政府は財務省利権死守の視点から離れ、国民経済の健全な運営の視点に立って、迅速に適正な提案を示すべきである。
  民主党は日銀の独立性確保、官僚主権構造打破の視点に立って、安易に妥協することなく、国民の視点に立って健全な主張を最後まで貫くべきである。政治権力に迎合し著しく偏向しているマスメディアの攻撃に断じて屈してはならない。

2008年3月18日
スリーネーションズリサーチ株式会社
植草一秀

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